螺旋の行く先々で
 「寒っ」

 由乃が外に出てみると、予想していたよりも気温が下がっていた。
 そのまま一歩踏み出し長い長い呼吸をする。子供の頃から必ずおこな
っていた朝の儀式だ。それは長年の習慣になってしまっていて、手術を
した現在でも続いている。
 今日は発作なんて起こらないように…。
 そんな気持ちが込められていたのだが、今では何故続けているのかさ
えわからない。きっと癖とはそういうものなのだろう。

 「おはよう」

 儀式が終わったタイミングで、門柱のところで待っていた令が声をか
けてきた。これもいつものことである。

 「おはよっ。お待たせ」

 そして、並んで歩き始める。変わらない日常の始まりだ。
 二人に会話はなかった。今更お互いに報告しあうことすらないのだ。
長年一緒にいるのだから当然のことなのかもしれない。そんないつもの
沈黙を破ったのは由乃だった。
 
 「冷た~い」

 見ると、由乃が首に手をやってモゾモゾしている。冷たい外気に触れ
ロザリオのチェーンが冷えてしまったのだろう。令は、その感覚を懐か
しさと共に思い出していた。去年の冬、自分もそうだったのだ。朝、ロ
ザリオの冷たさを感じる度に、江利子の妹であると実感できて嬉しかっ
たのだと。
  
 「ねえ令ちゃん」

 「どうしたの?」

 「今、私が下げているロザリオって江利子さまから頂いたものでしょ
う?」

 由乃は、既に体の一部ともなったロザリオを引き出すと、眼前に翳し
た。クルクルと回転して踊っているようにも見えるそれは、太陽の光を
反射し鈍い光を八方に放っている。

 くるり。くるり。

 ロザリオの回転を目で追う。銀色の作る軌跡は螺旋のように見えた。

 「由乃、何やってるのよ?」

 令は苦笑いを浮かべた。はしゃいでいる子供。とか、鼻先に人参をぶ
ら下げている馬。なんて想像してしまったのだ。

 「ん、別に」

 由乃はそれでもロザリオから手を放さず、顔の前でぶら下げたまま見
つめている。

 「さっきの質問だけど、それお姉さまから頂いたものよ」

 「ふーん」

 ようやく、ここで手を放した。ロザリオは胸の前で歩行に合わせて規
則正しくバウンドを始める。

 「じゃあ江利子さまは、ご自分のお姉さまから頂いたのよね」

 「そうだと思うよ」

 「江利子さまのお姉さまは、そのまたお姉さまから頂いたのよね?」

 「そう、なんじゃないかな…」

 「そうやって、ずっとず~っと受け継がれてきたものなんだよね?」

 「うん、たぶん…」

 そういう話は聞いていないが、多分そうなのだろうと令は思った。他
の生徒の物はともかくとして、現在由乃が持ってるロザリオが代々の黄
薔薇さまの手から手へと渡ってきたのならば、幾多の少女の胸に収まっ
ていた可能性は高い。

 由乃は一つ息を吐いた。 

 「私も妹ができたら、これをあげなきゃいけないのよね?」

 「当然じゃないの」

 それはあたりまえのことである。令はなんの疑問も持たず答えた。

 「なんか嫌だな」

 「え?」

 「だって折角令ちゃんにかけてもらったロザリオなのに、誰かにあげ
てしまうなんて…」

 由乃にとっては、代々の黄薔薇さまの伝統は関係がなく、あくまで令
に貰ったロザリオなのだろう。それは妹としての証でもあり、令の気持
ちそのものなのかもしれない。わからないでもないな、と令は思った。
 しかし、妹を作るとはそれだけの意味を持っているわけではない。同
時に考えることもあるのだ。

 「うん。でもね由乃、妹にしたい人が現れたらきっとあげたいって思
うはずよ」

 令は祥子が祐巳にロザリオを渡すと言った日のことを思い浮かべた。
祥子が抱いたであろうそこに存在していた純粋な気持ちは、はっきりと
今でも憶えている。あれは、とにかく美しくものだったのだ。まるで魔
法や奇跡のように。だから、由乃もいつかきっとそう思う日が来るはず
なのだ。少し寂しいかもしれないけれど。

 「そんなもの?」

 由乃は、懐疑的な眼差しで令をみている。令は満面の笑顔で答えてみ
せた。あの素晴らしい感覚を由乃にも感じてほしいと思うのだ。

 「そんなものよ」

 「そうかな?」

 「そうよ」

 由乃は勢いよく一歩前に踏み出した。長いおさげとロザリオが仲良く
踊る。そして令に向き直った。

 「ねえ、もしこのロザリオ誰かにあげちゃったら、新しいの頂戴」

 「新しいロザリオ?」

 「うん、一生かけていられるようにって」



 感じてほしい気持ち。



 でも、それはまだまだ先のことのようだ。令はどことなく複雑な気持
ちになったが、それでもその一言に喜びを感じていた。

 


 
 ―おわり






 ※妹に渡すロザリオは、使いまわしでも自分で用意しても、どちらでもいいとのこと。
top