ある日、佐藤家に生まれたばかりの赤ん坊を抱いて従姉妹がやってきた。
「お久しぶり。大変だったみたいね、お産」
難産だと聞いて心配していたが、聖が見る限り従姉妹はとても元気そうだ。
「もう、死ぬかと思ったわ。不公平よね、女だけがこんな苦しみを味わうな
んて」
「あはは」
答えながら、聖は従姉妹の幸せな顔を見が全てを物語っていると感じる。
確かに辛い思いをするのは女性だけだが、それを感じることができるのも女
性だけなのだから。
「抱っこしていい?」
「うん、どうぞ」
聖は据わっていない首を右腕でガードしながら赤ん坊を抱き上げると、そっ
と顔を覗きこんだ。
目の中に自分が映っているのが見える。
「毎日、可愛くてしょうがないって感じ?」
「育てている分にはそれどころじゃないわ」
彼女は苦笑いとも、照れ笑いとも言える笑顔で聖に答えた。
「しかし、不思議ね。赤ん坊は皆、神に祝福されているように見えるわ」
それは、聖の正直な感想である。
世界中の幸せを一身に受けているような笑顔。
こんなにも愛されているということ。
まるで、それを理解しているような感じさえする。
暫らく抱いていると、赤ん坊が泣きはじめた。
「あらら。泣いちゃった」
「ふふふ。聖お姉ちゃんの顔が怖いんだって」
「なにおー」
聖は笑いながら赤ん坊を母親の元に返した。正直言って上手くあやす自信は
ない。
従姉妹は赤ん坊を腕の中に抱くと、そっと揺らしてあやし始めた。
「あらあら、どうしたの~」
すっかりと母親の顔になっている従姉妹は、笑いながら歌を口ずさんだ。
「I'm a little tea pot. short and short~♪」
すると不思議なことに、その歌を聞くと、少しばかり泣き声が小さくなった
ような気がする。
「どうかした?」
不思議そうな顔をして見ている聖に従姉妹は、同じような笑顔を向けてき
た。
「その歌は…」
「マザーグースの歌よ。向こうに行っている時に、お世話になった家の母親
が歌っていたのよ」
「そうか、留学してたもんね。マザーグースって向こうではポピュラーなん
でしょ?」
「うん。母親は必ず歌うわね。日本で言えば子守唄って感じなのかしら。私
はすごく愛を感じる歌だと思うな」
「そう、ね」
「ど、どうしたの?」
従姉妹が驚いて声を上げる。聖が涙を流していたのだ。
「あ、あれ? 何だこりゃ」
聖は自分の頬をつたう涙に気が付くと、笑いながら拭った。それは、自分で
も気がつかない涙だったようである。
それは突然だった。
聖の中で、辛く悲しい記憶と共に蘇えってくるものが一つ。
―あれは、栞と離れてしまった時だ…
※※※
あの日、あの時。二人で逃げようと約束して駅で待っていたが、栞は現れな
かった。そして、代わりにやって来た白薔薇様から事情を聞き、愛する者を自
分の手でズタズタに傷つけたと聖は理解する。
しかし、自らの翼から羽を毟りとって動けなくなっているような聖を白薔薇
様は、優しく包んでくれたくれたのだった。
そして、蓉子も…。
その後、白薔薇様の家に蓉子と行って空騒ぎをした。
三人は明け方まで騒いでいたが、そのうち二人は疲れて寝てしまい、聖は一
人意思ある存在として部屋に残された。
二人が寝息を立てるのを確かめると、聖の頬をまた涙がつたっていく。
たった数時間前の出来事を上手く整理できるはずがなかったのだ。
暫らくして、それに気付いて目が覚めた蓉子は聖の隣にやってくると、肩を
抱いて歌い始めた。
「I'm a little tea pot. short and short~♪」
「なんのつもり?」
こんな時に陽気な歌を口ずさむなんて…。
「私は小さなティーポット、小さくて頑丈よ…。あなたのことよ、聖」
「慰めているの?」
「違うわよ」
すまして言う蓉子に対し、聖は少しばかり怒りの感情が湧きあがった。
よりにもよって“小さくて頑丈”だなんて。聖には何かの嫌味か、地味な嫌
がらせにしか思えなかった。
あの後、お姉さまが目を覚まして笑っていたっけ。
その時は意味がわからなかったけれど…。
そうか、蓉子は…。
そういうことだったんだ…。
今になって、理解するなんてね。
自然と蓉子の顔が頭に浮かんでくる。聖の顔は、神に祝福されたような爽や
かな笑顔になっていた。
※※※
聖が受話器を取ると、指は自動的に番号を押し始めた。
番号は?
―忘れるわけないじゃない―
ツーコールで繋がる。
「あ、蓉子?」
「突然どうしたの、聖」
「ん、別に用事ってわけじゃないんだけどさ。なんとなくね」
「なんなの? いったい…」
言葉とは裏腹に、蓉子の声は嬉しそうに聞こえた。
―おわり
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