fire field
 この腕の中で、俺のためだけに輝いてくれないだろうか?



 

 祐麒はベッドに横たわっている祐巳の姿をずっと見ていた…。手を伸ばせば
すぐに触れることができる距離で…。

 日付が変わる数時間前のことである。リリアンと花寺の生徒会に属している
二人は難問が山積みとなっている学園祭について祐麒の部屋で話しあってい
た。
 祐巳のお姉様である祥子様の問題。自分がリリアンの舞台劇に出なければい
けないという事実。それらを、時にはお互い感情的になりながらも話していた
のだが、そのうち祐巳が眠いと言い出し、祐麒の布団に潜りこむとそのまま寝
てしまったのだった。

 最初は起こそうとしたのだが、静かな寝息をたてて眠る姉の顔を見ると、そ
れは出来なかった。
 自分の前で無防備な姿の姉…。今だけは、こうやって顔をじっと見ているこ
とができる。なぜなら、普段は意識的に顔を見ないようにしていたのだから。
見てしまえば自分が冷静でいられなくなることを祐麒は知っていたのだ。

 「祐巳…」
 
 寝ている間でも飽きることなくクルクルと変化する安らかな寝顔に少しだけ
クセのある綿毛のような髪。そして柔らかそうな体。その全てが祐麒にとって
愛しくてたまらないものだった。

 いつごろからだろう? 姉のことを意識したのは。

 気付いた時は、もう祐巳のことを目で追っていた。誰よりもやさしく、そし
て純粋な心。愛くるしい仕草、ころころ変わる表情…。
 顔は…。まるで双子のようだ。なんて言われるけれど、そこまで似ていると
思ったことはない。

 
 
 祐麒は祐巳に好みのタイプについて聞かれたことを思い出した。

 何故、そんなことを聞くんだ?俺の好きな人は…。

 (やさしくて、明るくて、元気な人)
 
 「それは、祐巳のことだよ…。俺の好きな人は祐巳だよ」

 静かに、そしてそっと口に出す…。

 祐巳は相変わらず瞳を閉じたま、静かな寝息をたてていた。


 この寝顔…。いや、この体。そして優しい心。全て…
 
 誰にも渡したくない…。

 このまま、このまま抱きしめたい…。
 
 祐麒の未成熟な精神は、姉という存在の全てを独占したがる。しかし、同時
に理性という感情も働いていた。

 傷つけたくない。

 欲望にまかせて祐巳の全てを奪ってしまえば、何よりも傷つくのは彼女自身
だとわかりきっているのだから。


 なぜ、俺達は姉弟なんだ? 何故?

 
 こんなに近くにいるのに、手を伸ばせばすぐに触れることができるのに。

 こんなに好きなのに。

 姉弟というだけで…。

 二人の距離はこれ以上、縮まらないんだ…。






 ※※※







 気がつくと、外はもう白み始めていた。時計を確認すると針は5時前を指し
ている。

 「もう、こんな時間か…」

 祐麒は音をたてないようにそっと立ち上がるとカーテンを開けた。部屋に刺
し込んだ朝焼けに照らされて祐巳の体が光を放っているように見えた。


 
 まるで聖母マリアのようじゃないか?



 しかし、それは自分が祐巳に触れることができないということを認めている
ようで、何故か悲しかった。

 自分のためだけに輝いているのではないのだと…。

 祐麒は首を横に何度か振ると、オレンジ色に染まった頬にそっと手を伸ば
し、触れようとした。

 
 「う、うーん…」
 
 その時、祐巳が目を覚ました。目をこすりながら辺りを確認している。自分
の部屋でないことに少し驚いているようだ。


 ―まったく、考えていることがすぐ顔に出るんだから…。


 「おはよう。ごめん、ここで寝ちゃったんだ」
 
 祐巳は欠伸をしながら体を伸ばし、立ち上がるといつもの笑顔を祐麒に向け
てきた。祐麒は顔を背けると、わざとらしく欠伸をしてみせる。

 「まったく、俺のベッドを占領しちまうなんて、ひどい姉だ。おかげで背中
が痛くなっちまったよ」

 「ごめん、ごめん。いつのまにか寝ちゃってたから。でも起こしてくれれば
よかったのに」
 
 「う、うん。俺もいつのまにか寝てたからなぁ」

 「そう? じゃあ、ちょっと早いけどもう起きるね」
 
 祐巳はそう言い残して、部屋を出ていった。さすがに寝起きの顔を見られる
のが、恥ずかしいようだ。


  
 一人部屋に残った祐麒は、さっきまで祐巳が横になっていたベッドに腰を下
ろした。
 布団に手を触れると、祐巳の温もりを感じた。

 
 「あれ? なんだこれ?」

 気がつくと自分の頬が濡れているのがわかった。
 涙で潤んだ目には、朝焼けで朱色に染まった部屋が燃えているように見えた。
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