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 晴れだと言えば晴れ。
 曇りだと言えば曇り。
 どちらとも言えぬ天気も、蓉子の心に然したる影響は与えなかった。
 
 蓉子はマリア像の前で手を合わせる自分の姿を、鏡に映すように頭の中で何度もシミュ
レートしながら歩いていた。
 すでに葉桜となり、満開の桜とは違った美さを見せる木々の姿もその目に入ることはな
い。

 蓉子はリリアンに入学して、これまでの生活習慣に無い行動を幾つか覚えることとなっ
た。その一つに、マリア像に手を合わせて祈るというものがある。
 実に単純なことなのだが、蓉子の性格上たったそれだけのことですら完璧にこなさねば
ならない努力目標と化していた。

 昔からリリアンに通っている人間には何気ないことではあるが、手を合わせるといった
仕草が食事前の合掌くらいだった蓉子にとって、それは未知の行動と言ってもよかったか
らだ。

 さらに蓉子は普通にこなすだけではなく他の生徒より美しく、見本となるようなレベル
を欲していた。
 やるからには、万全を期して最高の結果を出す。その為の努力は惜しまない。どんなに
小さなことでも、たとえそれが手を合わせるといった些細なことであっても。

 蓉子のそれは、他の生徒より上手くやることによって得られる優越感を目的とはしてい
ない。ある意味他人はどうでもよかった。
 長年、自分に課してきた優等生という仮面がそうさせていたのだ。
 すでに到達点のないはずの目的である。

 強迫観念にも似た優等生という呪縛に彼女自身は、まるでぬるま湯につかるかのように
浸りきっていた。

 逆に仮面を被る自分を呆れ果て苦笑さえしてしまう。にも関わらず、彼女の精神はそれ
らを苦に感じることすらなかった。

 例えば「上手くやらなければ」との考えが浮かぶ度に「自分は何をやっているのだろ
う」と客観視する自分が出てくる。

 しかしそれを弁明する手段「こうするのが私なのだから」という結論は、蓉子の思考の
中の一番近い引き出しにあり、まるで作業のように、いとも簡単に疑問を塗りつぶしてし
まうのだ。
 
 誰かに必要とされたいという気持ちなのだろうか。わからない。
 けれど蓉子はそれを手に入れるための方法を、自分の身を優等生にしておくこと以外に
知らないだけなのだ。

 優等生になりたいわけではない。ただ、そのようにしか生きられない。

 そればかりは、言い訳も何も存在しない。
 純然たる現実だった。
     

 ※※※


 蓉子は銀杏並木の先にある二股の分かれ道にやってくると、マリア像に手を合わせた。
 背筋をピンと伸ばし、やや俯き加減になり目を閉じる。
 この時、蓉子は何よりも自分のシルエットを意識していた。自分の信仰心が浅くもな
く、深くもないように見せることができれば及第である。自分の中で納得という言葉が得
られるのだ。
 誰に対する行為なのかもわからない、ことではあるのだが。


 ※※※


 当初、蓉子は自分が場違いな学校に入ってしまったと、後悔することになるのではない
かと身構えたものだった。

 しかし、それは杞憂で終わっていた。今では、この学校の雰囲気を好ましく感じさえし
ていたのだから。

 それまでの自分の生活を考えれば、ここは容易い環境とさえ思えてくる。なにより自分
の優等生というペルソナが非常に有効に有益に作用しているのだから。      

 「ごきげんよう」

 振り向くと笑顔の女の子が立っている。クラスメイトだった。頭の中ですぐに顔と名前
を一致させる。

 「ごきげんよう」

 蓉子もそれにならい、挨拶の言葉を丁寧に喋る。最初は戸惑ったこの挨拶にも随分と慣
れてきたように思う。

 この学校では「自分」でいることを楽に感じる。

 「自分」という存在に疑問を感じることが少ないから。

 「自分」を受け入れてくれるから。

 それが蓉子を満足させていた。

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