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  初めて佐藤聖に声をかけたあの日から、蓉子は気がつくと彼女を目で追うようになって
いた。純粋に興味を抱いたからであるが、興味という好奇心を持続させるだけの物を彼女
が持っていたのだろう。

 最初の印象と違い、聖は自身の「怒り」「悲しみ」「困惑」を、あまり隠す人間ではな
かった。表情は「世界」という枠に囚われながらも、自由を主張し続けていたのだ。
 自由の定義など蓉子は知らない。けれど、それは常に空を渇望し続ける鳥のように見え
た。
 
 人との関わりを拒絶しているように見えたが、無理に集団から外れようとしているわけ
ではないことも理解できた。
 自分の意見を言う時に遠慮がなかったからである。
 彼女は集団の中でもその意見を貫く時は容赦がないのだった。
 それを知るにつれ蓉子の中では不思議に聖に対する反発心が大きくなっていった。

 周囲をものともせず、思い通りに行動する。
 偽る必要すらない自我。
 そこには仮面の必要性などあるはずもない。

 人の心を簡単に計れるものではない。そんなことは蓉子も十二分に承知していた。これ
はあくまでも自分の想像にすぎないのだろう。仮にその想像が近いものであったとして
も、それが彼女にとって望んでいる姿かどうかは、また別問題である。
 それなのに、いつしか蓉子の中ではあまりにも一方的な思考が成立していた。

 いつもこの人は顔をしかめている。
 それを隠そうともしない。
 自分一人が深刻な悩みを抱えているとでも思っているのだろうか? 
 自分だけが苦行の道を独りで歩いているとでも思っていのだろうか?




 佐藤聖。
 なんて傲慢な人だろう。





 ※※※


 


 薔薇の館には蓉子と雪南、そして黄薔薇のつぼみの妹である幸姫の妹鳥居江利子の三人
が集まっていた。
 蓉子は、自分に割り当てられたスペースに各クラス、クラブから提出された学園祭の支
出表を運び、整理しているところだった。
 蓉子の目の前に陣取った雪南は、つまらなさそうに外を眺めている。仕事をする気もな
い様子は、今に始まったことではないが、頭が痛くなる光景ではあった。
 
 「ああ、そうそう。今日、永が妹を連れてくるそうよ」
 
 そんな中で、雪南は誰に告げることなく話し始めた。

 「ようやく決まったのですか。随分と時間をかけていたようですが」

 蓉子は作業を続けたまま、目線を合わせることなく答える。

 「妹選びに時間をかけるのは白薔薇の伝統だとか」

 面白くなさそうに答える雪南。
 ひょっとして、妹を連れてくるという行為自体が彼女を不機嫌にさせているのではない
かと蓉子は思う。
 考えてみれば、雪南と永はいつも一緒にいる。何か特殊な思い入れが存在するのかもし
れない。

 蓉子は、いつも優しい笑顔を見せてくれる、その人物を思い浮かべた。

 白薔薇のつぼみである永は、人柄の良さで人望が厚い好人物だった。薔薇さま達が事実
上引退状態に入った現山百合会幹部の中で間違いなく一番人気だろう。
 随分前から妹問題が「リリアンかわら版」の紙面を賑わせていた。

 候補は二転三転していたが、実際には「想い人」がいるらしく、蓉子も声をかけている
との話しだけは聞いて知っていたし、実際なかなか相手側が首を縦にふらないと愚痴をこ
ぼすのを何度か聞いてもいた。
 普通に考えれば、彼女のような聡明な人物に声をかけられれば、断らないだろうと思え
た。
 ただ、雪南のような人間の妹になろうと考える自分の姉妹感が普通であるとは思ってい
ないので、それが参考になるかはわからなかった。

 しかし、所詮は他藩の話である。

 どんな相手なのか知る由もないが、とにかく素直な人間であってほしいと蓉子は願って
いた。
 同じく黄薔薇のつぼみの妹となった鳥居江利子が、有能ではあるが仕事に対してまった
く協調性のない人間であった為、円滑に進めることのできる人間を、と考えていたからで
ある。

 「蓉子。あなた今何を考えていた?」

 一人で考えを巡らす蓉子を雪南が楽しそうな顔をして眺めている。

 「いえ、特に何も」

 「そう? 私と姉妹の契りを結んだ時のことを思い出していたのではなくて?」

 「・・・・・・」

 あれは少なくとも儀式ではなかったし、思い出すような楽しいイベントでもなかった。
 雪南は、それも踏まえて、楽しんでいるだけなのだろう。

 「私は、あなたが好きよ。タイプだもの」

 「ありがとうございます。しかし、残念ながらお姉さまは私のタイプではないです」

 「まあ、酷いことを言うのね。聞いた江利子ちゃん?」

 そう言いながら雪南は隣に座っている江利子に同意を求めた。
 彼女の毒気にあてられたのか、今までクールに傍観を気取っていた江利子も苦笑いを返
すのが精一杯のようだった。

 ※※※

 暫くして、ようやく永がやってきた。

 「みなさんごきげんよう」

 相変わらずの美しい顔に、響く声。蓉子は少しだけ永が苦手だった。

 「ようやく皆に妹を紹介できることになったの、入っておいでなさい」
 
 廊下に向かって手を振ると、そこに現れたのは知った顔だった。

 佐藤聖。

 「聖、皆に自己紹介して頂戴」

 「白薔薇のつぼみの妹となりました。佐藤聖です。よろしくお願いします」
 
 驚愕と言うのだろうか。
 なぜなら、蓉子の中で佐藤聖は誰の妹にもならないと言う不思議な確信があったのだ。
彼女は誰の手も取らない。ずっと一人でいるはずだと。

 蓉子は信じられなかった。いったいどのような魔法を使えば彼女の手をひくことができ
るというのだろう。

 「どうしたの蓉子ちゃん、聖と何か?」

 永が目を見開いたまま硬直している蓉子にやさしく問いかけてくる。
 しかし、先に答えたのは聖だった。
 
 「蓉子さんとは同じクラスです」

 「ああ、そうだったわね。親しいの?」

 永の明るい声が、自分と乖離していくと蓉子は感じていた。
 思考が止まってしまっているのかもしれない。

 「いえ・・・。話をするのは初めてですけれど」

 「そう、仲良くなれるといいわね」

 その答えに聖は意外にも友好的な笑みを浮かべ「そうですね」と小さく頷いた。




 聖は蓉子とのファーストコンタクトを覚えていないようだった。

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