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一部性的表現を含みます。嫌悪感を示す方は注意してください













 予想していたことではあったが、やはり聖は薔薇の館に寄りつかなかった。
 永は何を言う訳でもなく見守っているだけという感じで、そのことには三年生の薔薇さ
ま達も何も口を挟んでこない。
 それだけ白薔薇のつぼみを信頼しているのだろう。しかし、周囲の反応を余所に蓉子は
そんな聖の姿を見て、一人苛々をつのらせていた。
 
 彼女に、そして自分自身にさえも。

 どうしても気になる佐藤聖という存在。そして意識し始めてから起こった自分の変化。
 戸惑っていたのだ。

 自分の目線が以前のように宙に浮いたものではないということに。
 常にふわりと体にまとわりついていた感覚が消え去り、今はしっかりと自分の足で地面
を掴んでいる。

 それは、不思議と心が安らぐ気持ちだった。何故、こうも彼女ばかりが気になってしま
うのか?

 彼女のことを傲慢だと思ったことは今も変わっていない。
 自分が他の人間と違うことを意識しすぎているその姿勢。何故、自分が他の人間と同じ
でなければいけないのだと言っている表情。無邪気な人間を低俗なものだとあざ笑うかの
ような瞳。それらを自分は軽蔑している。
 しかし、蓉子を混乱させていたのは、その気持ちが佐藤聖という人間を通して見た時に
限定されることにある。
 どこを掴むことなく自由に漂っているのは気分のいいものだろうと思う。ただ、それは
心細いものでもあるはずだ。心の中は特にそうであるだろう。これまでは疑問に思いつつ
も、なんとかそれを振り払って生きてきた。しかし、今は違う、自分はもう大地に下りる
ということを知ってしまったのだ。その甘美な味を知ってしまったのだ。

 もう戻れない。

 今度、暗く冷たいあの灰色の空に自分が放り出されてしまったら…。それを振りきるこ
とはおろか、耐えることなどできないだろう。

 文字通りそれは恐怖であった。だからこそ、それは自分が聖という人間から離れられな
くなってしまっていることを示しているのだ。

 これはなんであろうか?
 恋愛感情なのだろうか?

 しかし、愛情に乏しい蓉子にそれが理解できるはずもなかったし、一般に言う恋愛と同
列なのかすらわからなかった。



 ※※※



 空には雲一つない状態であったが、不思議と暗く感じられる午後。
 
 「あの二人、面白いわ…」

 放課後。薔薇の館の窓から外の風景を眺めながら、雪南は呟いた。
  
 「何がそんなに面白いの?」

 永が尋ねてくる。

 現在、ここにいるのはこの二人だけである。他のメンバーは掃除が終わっていないのだ
ろうか、まだ来ていない。
 雪南は、横で真剣な顔をしている友人には目もくれず、眉をしかめると、気だるい声を
あげた。

 「あなたに関係ないことよ、静かにしていてくれない?」

 しかし、永はそれにかまわず言葉を続ける。

 「…蓉子さんのことでしょう?」

 その言葉を聞いて雪南の眼が大きく開く。それは彼女なりの怒りの表情だ。しかし、口
から発せられた言葉は咆哮ではなく静かなものであった。
 
 「あなたのそういうところ…。いいえ、なんでもないわ」 

 「わかっているわ。嫌いなんでしょう」

 呟くような永の声。

 「理解しているんじゃない」

 一方、雪南は冷静なように見える。

 「ええ、私があなたにどんなに嫌われているかぐらいは、わかっているつもりよ」

 「だったら、いいかげんに諦めなさい。私が、あなたを好きになることはありえないわ
よ」

 「なぜ?」

 はっきりとした拒否にも、永の声のトーンは変わらなかった。何度も繰り返してきた会
話には既に予定調和しかないのだろう。

 「付け加えれば、こういう時だけおバカさんになるあなたはもっと嫌いだわ」

 「酷いのね。でも、あなたはそうやって人の気持ちを踏みにじるのが快感なんでしょう
ね…」

 「本当に馬鹿ね、あなたって…」

 「そうね…」

 「…」

 「…」
 
 会話が途絶え、二人はお互いの瞳に自分の姿を見ることとなった。
 風が木々を撫でていくのがはっきりと聞こえる。

 「キスしてあげるわ。いつもみたいに…」

 沈黙を破ったのは雪南だった。先程とは違ってそこに表情は存在していない。
 
 一瞬の間。そして、返事を待たず雪南は有無も言わず、彼女を壁に押さえこみ唇を重ね
ると舌を滑りこませた。舌を絡め思いきり吸い出す。お互いの唾液が首筋をつたっていく
が、気にとめない。ただ、荒々しいまでの行為。

 響くのは、短い呼吸と衣擦れの音だけ。
 唇を少しづつずらし、僅かな呼吸を繰り返しながら二人はそれを続けた。

 暫らくすると立っていることができなくなったのか、永はスローモーションのように床
に崩れ落ちていく。
 雪南はそれを支えようともせず、その姿を冷めた目で観察しているだけだった。
 そして、自分も床に屈むと、足元で恍惚の表情を浮かべる顔をぞんざいに両手で掴み口
の中に唾液を流しこんだ。永は咽を鳴らしてそれを飲みこんでいく。

 まさにそれらは、物を扱うような行動だった。

 永の瞳からは、僅かばかりの涙が見えたような気がした。

 雪南はそれには目もくれず、立ちあがると部屋中の窓を全て開け放った。充満した二人
の匂いを消すためだろう。
 吹き抜けていく風が体に当たると、あちこちが熱く濡れているのがわかった。ひんやり
とした清涼感が一瞬だけ体を通り抜けていく。

 ※※※

 永は横になったまま雪南を視界に入れた。彼女は何事もなかったように椅子に座ると冷
たくなっているはずの紅茶を口に含んでいる。

 言葉が出ない。
 彼女は好きでもない人間と行為に及ぶことができる。
 相手の気持ちを知っていて尚且つ、それ自体を楽しんでいるだけだ。
 それは自分でも十分に理解しているのだ。だから彼女が悪いわけではない。

 これは、自ら望んでしていることなのだ。

 気持ちで彼女を振り向かせることができないのならば、自分にできることは身を使うこ
とだけ。

 なんて馬鹿げた行為であろうか。

 しかし、それでも良いと思っていた。自分を傷つけても、彼女を感じることさえできれ
ばいいのだから。

 それほどまでに自分は目の前にいる人間が好きなのだ。

 狂おしいほどに。

 「悲しみ」「怒り」「喜び」そして「罪悪感」いずれとも違う感情が頭の中を覆ってい
く。はっきりしているのは自分が沈んでいく感覚のみ。
 
 深く 

 深く

 遥か深く。

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