その日、蓉子が薔薇の館に入ると見なれない先客がいた。彼女は楕円を描く
テーブルの隅に座り、居心地悪そうにソワソワとしている。
蓉子を見ると、彼女は驚いたように立ち上がり「ごきげんよう」と挨拶をし
てきた。大きな体をしているが、仕草の一つ一つがぎこちなく、そのアンバラ
ンスさが見ていて初々しく感じる。新入生なのだろう。
しかし、短い髪のせいもあるが、蓉子には目の前の後輩が少年にしか見えな
かった。
かろうじて膨らみかけている胸も、そしてリリアンの制服すらも記号として
そこに存在しているだけのように感じる。ただ、先程耳にした「ごきげんよ
う」の声は女の子のそれではあったのだが。
「ごきげんよう、薔薇の館に何かご用かしら?」
蓉子が声をかけると、彼女は言い難そうな様子で口を開いた。
「はい。ええと…、実は…江利子様に……」
全て聞き取れなかったが、どうやら江利子に関係しているようだ。
「江利子に用件なの? もうすぐ来ると思うから座って待っていてね」
彼女はぺこりと頭を下げると、もう一度椅子に腰を下ろした。
暫らくして黄薔薇のつぼみである鳥居江利子が勢いよく飛び込んできた。彼
女はつぼみという称号がついたとはいえ、たしなみが変わるような人間ではな
かった。良くも悪くもマイペースである。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう江利子。お客様が待っているわよ」
「ああ、来ていたのね。丁度いいわ、蓉子に自己紹介してちょうだい」
先に来ていた彼女を目で確認すると、江利子は勝手に話しを進めていく。ど
うやらこの二人は知り合いのようだ。
促されて彼女は立ち上がると「支倉令と申します」と、やはり小さく言っ
た。顔が真っ赤になっているところを見ると、その大きな体には似合わず恥ず
かしがりやなのかもしれない。
「令さんね、この子がどうかしたの?」
「妹にしたのよ」
「え?」
江利子はさらりと言ってのけたが、蓉子の思考が完全にストップした。
それは重要なことではないだろうか? いや、かなり重要なことであるはず
だ。しかし江利子は蝿を振り払う程度のことにしかすぎないと言った感じで、
ひょうひょうとしている。
「江利子?」
「何?」
蓉子は冷静になろうと深呼吸をすると、言葉を吸いこんだ息と供に吐き出し
た。
「入学式から三日と経っていないのよ?」
「時期は問題じゃないわ。まあ、面白そうだからいいじゃないの」
「面白そうって、あなたね」
「まあまあ、そんなに青筋をたてなくてもいいじゃない。それなりの理由が
あるんだから」
「理由?」
「そうよ、令ってさ…」
江利子は突然真面目な顔をすると、人差し指を立てにじり寄ってきた。それ
に押されて蓉子も真剣な顔になる。
いったい、どのような「理由」があるというのだろうか。
「どう見ても、男の子にしか見えないでしょ?」
「え?」
「だから、ルックスが男の子じゃない完全に」
江利子は本人を目の前にしておきながら、おかまいなしに「男の子」という
単語を連発する。令はというと、少し顔がひきつっているように見えた。
再度蓉子の思考は完全にストップする。
いったいこの人は、何を言っているのだろうか。
理解ができなかった。
江利子はそんな蓉子を横目に得意げな顔をすると、嬉しそうに言った。
「私の妹ということは、将来的に彼女が黄薔薇さまになるのよ」
「そう、ね」
「想像してみてよ、令が黄薔薇さまと呼ばれるところを」
「呼ばれるところ。それが何?」
「まるで少年の様な令が、うら若き乙女達に薔薇さまと呼ばれるのよ? 考
えただけでもゾクゾクするわ」
一瞬でも何か重大な理由がそこに存在するのかもしれないと考えた自分を蓉
子は呪った。
そう、江利子はこういう人間なのだった。
全てを自分の不可思議な物差しで判断し、大きすぎて計ることが出来ない場
合はあっさりと背中を向け、他のことに目を向ける。
「よくわからないけれど、あなたの妹になったのなら黄薔薇さまはすでにご
存知なのでしょう?」
「いいえ。まだよ」
ここまでくると、驚くこと自体がバカらしいとさえ思えてくる。
蓉子は大きな息を吐き出すと、ちらりと令を見た。こちらの視線に応えるよ
うに彼女は精一杯の愛想笑いを作ってみせた。しかし表情とはうってかわって
額に脂汗を浮かべていた。
「ねえ、馴れ初めはなんだったの? やっぱり何かピッとくるものがあった
のかしら」
「別に。初めて会ったのも昨日だし」
「あなたに聞いたのが間違っていたわ。令さん教えてくださらない?」
「はあ、あの…」
申し訳なさそうに江利子を確認すると、江利子は「いいわよ、大したことじ
ゃないから」と、令に許可を出した。
「昨日の放課後、マリア様にお祈りをしていたら江利子様から声をかけられ
ました。いきなり『パスっ』と、仰られて何かを投げてきたので、受けとって
みるとそれがロザリオだったのです」
「ははは」
「どうしたの蓉子、どこか面白かった?」
「あははははは」
「壊れたのかしら」
江利子が楽しそうに声をあげると、蓉子はピタリと笑いを止め真顔になっ
た。
「違うわよ。まあ、いまさらどうでもいいことだけれど、江利子も江利子な
ら令さんもよ。二人とも山百合会のことを、頭の片隅にでもいいから置いて考
えたの?」
二人は顔を見合わせると、頭を傾げている。その仕草を見て蓉子は二人が似
た物同士なのだと理解した。
「そうね、少しはね」
江利子の表情には、まったくの変化も見られない。
「少し…」
「でも、いいじゃない? 丁度そんな気分だったのよ。きっと…」
「そんな気分、ねえ…」
自分が心配することではないが、蓉子は将来の山百合会に不安な気持ちを禁
じえなかった。
just the way i'm feeling
丁度、そんな気分になっているから…