真っ直ぐと視線を走らせ対峙するその姿は、ゴシック建築の彫像を連想させ、危うさな
どまったく感じられない。
この瞳はに見に覚えがあった。
自分を意識している目である。
蓉子は直感した。
そして、そのあまりにも清涼な面立ちに対比する機械的な笑みに、自分の中に未だに燻
り続ける仮面の存在をあらためて意識し、親近感と違和感を同時に味わっていた。
それは、どうやっても好きになれない自分の仮面を彼女の中に見てしまったことによる
嫌悪感と、彼女を追い込んでいる物への単純な興味だろう。
基本的に、蓉子にとって人の抱える問題はどうでもよい事柄である。ただ、雪南に近い
と感じた部分が興味の対象となったのだ。
だから、彼女に話しかけたのはある意味で当然だったのかもしれない。
「顔色が悪いようだけれど?」
「おかまいなく」
拒絶するような言葉。
その反応は予想通りだった。
「これから入学式でしょう? 立ったり座ったり何かと忙しいから気分が悪いと大変だ
と思って」
「お気遣いありがとうございます。でも本当になんでもありませんので」
その馬耳東風は見事な演技であるのか。
最早、蓉子には判断ができなくなっていた。それほどまでに、目の前にいる存在は威風
堂々としていた。先程見た「危うい感じ」こそが自分の見間違いではなかったかと思う程
である。
「それでは、失礼します」
見事な立ち振る舞いで一礼すると、彼女は蓉子の脇を擦り抜け温室を出ていった。その
背中を見送りながら、ようやく蓉子は温室にたくさんの花が咲いていることに気付いた。
「毒気にあてられたかな…」
一息吐き出し。蓉子も温室の外へ出たのだった。
※※※
「あ、蓉子」
そこには見知った顔が立っていた。黄薔薇さまになった幸姫。
そしてそのつぼみである江利子だった。
「ごきげんよう。どうしたのこんなところで。雪南が探していたわよ」
「ごきげんよう。黄薔薇さま。お姉さまが、ですか?」
「ええ、肝心な時にいなくなるなんて、後でおしおきよ~。なんて言っていたわね」
まったく自分勝手であると思ったが、口には出さなかった。
幸姫は、そんな蓉子を見て笑っている。
「わかりました、もう一度会場に行ってみますので」
「そう、私達は時間が来るまで薔薇の館にいるから」
そのまま幸姫は歩き出したのだが、しかし、江利子はついていかずに蓉子のところまで
やってきたのだった。
「何? こんなところで密会?」
妖しげな笑みを浮かべている。こういう時はよからぬ事を考えているのだと蓉子は知っ
ていた。
「なんのことかしら」
「他に持っていかれない為に、唾をつけていたんじゃないの?」
「だから、なんのことよ」
「今の一年生に決まっているじゃない」
蓉子は、一瞬、どの一年生なのだろうかと考えた。
しかし、この場合は一人しかいないだろう。先程の彫像のことだ。
「知っているの?」
「ええ。有名人よ小笠原祥子。あの小笠原グループの一人娘」
「彼女が、小笠原、祥子…」
名前だけ口に出し、後は心で独りごちた。初対面であるはずなのに、随分前から知って
いたような気がする。
「本当に知らなかったの? てっきり彼女を妹にするために画策しているのかと思った
のわ」
江利子の顔から途端に笑みが失われていく。興味を失ったのだろう。
「妹って、速すぎるわよ」
「そう? 速い遅いって関係ないと思うけど。こういうのって、その時の気分とか勢い
じゃない」
そう言って、再度楽しそうにする江利子の顔を、蓉子は妙に印象深く受けとめていた。
※※※
シルエットが完璧だった。
新入生代表で前に立った祥子を見て蓉子は感嘆した。
その姿は、温室の中で見た堂々さをそのままにして、さらに美しく見えたのだ。そして
清んだ空気に響き渡る質量を感じる声。既に、最初に感じた危うさを忘れてしまうほどの
存在感だった
入学式の間、蓉子にとって聞こえてくる言葉は意味を持たなくなり、全てが彼女の一挙
手一投足に注がれた。
ふいに、江利子の言葉が思い出される。
「彼女を妹に…?」
薔薇という立場に近い自分なのだから、漠然と、自分が妹を持つのだろうということは
考えていた。
しかし、実際にその立場に来てみると、現実味を帯びてはいるとは言えなかった。
蓉子は、もしスールと呼ばれるシステムが、自分と雪南を指すのだとしたら、あまり楽
しいものではないかもしれないと苦笑いを浮かべた。
ちらりと、三年生の席に目をやると、あろうことか紅色の薔薇は、手と足を組んで眠り
こけていいた。
※※※
放課後。
雪南のおしおきと仕事が終わった後、蓉子は一息入れる為に温室へと足を向けた。人が
いることが少ないそこは、最近のお気に入りだったのだ。
それに、朝出会った彼女にもう一度会えるかもしれないと少しだけ考えてもいた。すで
に彼女は蓉子にとって目の放せない対象になっていたのだろう。
温室の中にそっと足を踏み入れると、そこはいつものとおり静かだった。
人の気配はない。
蓉子は、ほんの少しだけガッカリした。
手に持っていた書類を小脇に抱えると、さらに奥へと進む。朝方に咲いていた花はすで
に萎んでしまっていた。
一番奥にある積んだレンガの上に腰を下ろした時、ようやく自分以外の人間がここにい
ることを悟った。苗木の陰だった為に気付くのが遅れたのだ。
おそらく苗木の陰にいなくとも、存在を認識するのは難しかったのかもしれない。
彼女は板の上で膝を抱え、そこに頭を半分埋め寝てしまっていた。
白日の元で見た彼女は微塵もそこに存在していなかったのだ。
蓉子は確信していた。
やはり威風堂々とした彼女は本当の彼女ではなかった。
蓉子の目に、彼女と雪南、そして自分が、はっきりと重なっていく。
それは、まったく奇妙なデジャ・ヴだった。