「祥子さん?」
蓉子は静かに声をかけると、彼女は顔を上げ声の主を確認した。
「紅薔薇のつぼみ…」
やはり、彼女もつぼみである自分のことを知っていたのだと、蓉子は驚きもなく受けと
めていた。彼女は、すっくと立ちあがるとプリーツに少しだけついた砂埃を掃っている。
「どうなさったの、こんな時間まで?」
「いえ、別になんでもありませんわ」
一瞬の間だった。
その姿は昼間に見た姿へと変貌していた。その変わり身の早さに驚きすら感じる。
「ここが好き?」
「?」
答えは返ってこない。
場にそぐわない質問への返答に迷っているようだった。
「私は、ここが好きよ」
「そう、ですか?」
「だって、誰もいないもの」
本心を覗かせる蓉子。別に彼女になら知られても良いと思った。
彼女も、その意見には同調しているように見える。
「あなたのこと聞いてもいい?」
不躾な質問。彼女はどう反応するだろうか、蓉子にはわからなかった。
「私のこと、ですか?」
「そう、あなたのこと」
「お聞かせするようなことは」
一応、会話は成り立っているようだった。しかし困っているようにも見える。
「入学式の時、ずっとあなたを見ていたわ」
「私をですか? どうしてでしょうか?」
「そうね、興味が沸いたから。というのは失礼かしら?」
「紅薔薇のつぼみ。いったい何を仰るのか」
「蓉子でいいわ。その呼び名、まだ馴れなくて」
彼女は、それには答えなかった。
蓉子はかまわず話を続ける。
「いろいろ考え込むことが多くて、だからここが好きなの。あなたもここが好きなのか
しら?」
「好きかどうかはわかりません。今日、初めて入ったものですから」
「ああ、そうよね、ごめんなさい変なことを聞いてしまって」
「いえ。好きか嫌いかの質問に答えるのであれば、好きだとは思います」
「そう、それは良かった」
蓉子は、多少わざとらしくではあるが笑顔を作ってみせた。
「なぜでしょう?」
「そうね、自分の好きな場所を誰かが気に入ってくれたということは、嬉しいものでは
なくて?」
「そう、かもしれませんね・・・」
彼女は、納得するように頷いた。
「どうして、そのような話を私にするのですか?」
「そうね、私達気が合うと思わない?」
「?」
「困った顔しないでよ、そんな気がしただけなんだから」
もう一度蓉子が笑顔を見せると、彼女もようやく笑みをみせた。
それは、とてもぎこちないものではあったが。
※※※
それから暫らくの期間、蓉子は祥子と温室で顔を合わせるようになっていた。
約束していたわけではなかった。
気が向いた時に温室に向かい、いなければそのまま帰ってくるといった感じである。
徐々にではあるが彼女は、自分のことを話をするようになった。周囲の期待する自分を
そのまま提供していることへの葛藤が主だった。
蓉子は、それを聞いて助言をするでもなく黙って聞いているだけであった。
彼女も聞いてくれさえいれば満足だったのだろう。
蓉子は、時折ぞっとする思いで耳を傾けていた。
雪南と自分、そして小笠原祥子の共通点にである。
紅色は三代揃って、似たもの同士になるのかもしれない。
それは、たしかにぞっとすることだろうと思うのだ。
※※※
暫くしてから蓉子は忙しくなり、温室から足が遠のいていた。
ある日、蓉子が薔薇の館にやってくると、玄関前に「彼女」が一人で立っていた。
石像のように硬直した姿は周りと自分を隔てる壁を作り出しているように見えた。それ
は、先日初めて温室で彼女を見た時と、全く同じであった。
佇んでいた石像は、蓉子が来たことを確認すると途端に安堵を含んだ表情に変化した。
「蓉子さま」
それは相変わらず美しい笑顔だった。
「久しぶりね祥子、温室にいきましょうか?」
返事もなく、祥子は黙って蓉子の後に続く。これが二人の間になりつつあった。
温室にやって来ると、二人は他愛ない会話に興じた。
授業のことクラスのこと、そして学校のこと。
そんな中、その言葉は自然に出て来た。
「祥子、私の横にいなさい」
祥子は素直に驚いた表情を見せる。けれど、それは待ち望んでいた言葉であったのかも
しれない。
「あなたの存在を私が見ていてあげるわ」
「見るだけですの?」
「そうよ」
「返事は今でなくても結構よ、気が向いたら知らせて頂戴」
蓉子は、そう言って早々と会話を切り上げると、足早に温室を後にした。
※※※
それから数日後の放課後、蓉子は薔薇の館の玄関で彼女と向き合っていた。
答えはもうわかっている。
後は聞くだけなのだ。
二人の間を風が通りすぎていった。それにあわせるように祥子は口を開いた。
なびいていた髪も今は綺麗に元の場所に収まっている。まるで、これは舞台だと蓉子は
連想した。
「蓉子さま、先日の返事を言いにやってまいりました」
そんな、彼女の言葉も芝居じみていると思ったが、儀式とはこういものなのかもしれな
い。
「お受けします」
蓉子は一つだけ頷くと「わかった」とも「いいのね?」とも、一切の言葉を返さず、無
言で自分の首にかかったロザリオを引き出すと、ゆっくりと彼女の首にかけた。
彼女は、ロザリオを手に取ると、嬉しそうに光にかざしてみせた。
子供っぽい仕草ではあったが、これが彼女の本当の姿なのだろうと思う。
そして、気がつくと。
いつのまにか他のメンバーが勢ぞろいしていた。それは偶然ではなかった。二人が入り
口前にいた為に、中に入れなかったのだった。
「おめでとう」
「貴重なシーンを拝ませてもらったわ」
「大胆ね」
様々な言葉が投げかけられる。
雪南はいつもの通り表情に変化はなかったが拍手をしている。
令は、何故か一人で顔を赤らめ、幸姫は黄色い声を上げて永に抱きついていた。
皆にロザリオを授受を目撃された蓉子は、頭を抱えてしまった。
これで暫くは、このネタを肴にされることになるのだから。